日本の歌をベラルーシ語で〜「月と日」プロジェクト

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□2004年
「さくら」
インタビュー
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□CD完成、コンサート
はじめに
・コンサートレポート(1) (2)
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□「月と日」
・スタッフ紹介
(1) (2)
ジャケットデザイン
収録曲と歌詞カード
トーダル君について
WZ−オルキエストラについて
CD解説日本語訳
□収録詩訳
1.「十字路」
2.「天使たち」
3.「秩序」
4.「正方形」
5.「亜麻」
6.「祈りの試み」
7.「夕べ」
8.「葉」
9.「私たちのビリニュス」
10.「一つの祖国」
□収録曲解説
1.「さくら」
2.「朧月夜」
3.「茶摘み」
4.「浜辺の歌」
5.「われは海の子」
6.「紅葉」
7.「村祭」
8.「十五夜お月さん」
9.「冬の夜」
10.「故郷」
思い出のエピソード
 

■ 「月と日」収録曲解説

10.「故郷」

 日本人の好きな歌アンケートで必ず上位に入る「故郷」
 季節には関係なく、この曲をCDのフィナーレとして最後に持って来ました。故郷に対する思いというのは民族の違いは関係ないのではないでしょうか。
 しかし、やはりベラルーシ語版の「故郷」は日本のそれとは少し違いました。

 3拍子のこの歌をトーダル君は、歌いながら踊ることができるような、明るさと郷愁に満ちた編曲にしています。日本人がこの歌を歌うと、原詩が文語体であるせいか、故郷を尊いものとして称えるような歌になっている場合が多いと思います。(長野冬季オリンピックの閉幕式で、杏里がこの歌を私は日本人代表! という面持ちで文字通り歌い上げていましたが、そんな感じです。)
 しかし、ベラルーシ人にとって故郷とは、幸福、明るさ、懐かしさ、近しいもの、親しみ、といったイメージを思い起こさせる所のようです。
 ではベラルーシ語訳をご覧ください。 

・・・・・・・・

「故郷」

森や川で子どもらしい遊びをした
それはよい夢のように思い出させる
過ぎ去った故郷の思い出は郷愁
夢のある永遠の春

そこには止まらぬ時がある
子どもたちの歓声を聞きながら母は老いていく
そこでは雨も風もあたり一面の輝く日の光のよう
どうしてなのか、そこは空が近い

夢はいつか叶うと信じる
私は故郷を静かに通り抜けて行こう
そして故郷の大地が私を待っていたことを感じるだろう
他の土地を探すことはけっしてない

・・・・・・・・・

 ベラルーシには山がありません。そのため原詩の「かの山」は森に変えられました。
 そして原詩よりずっと明るいイメージになっています。
 原詩の2番では、故郷に残してきた両親や古い友人を案じていますが、ベラルーシ語版ではお母さんしか出てきません。
 そして雨が降っても風が降っても思い出す故郷(つまり雨や風のような苦労があるときに思い出す心の支えとしての故郷)が「そこでは雨も風もあたり一面の輝く日の光のよう」と、同じ言葉を使いながら反対のイメージを表す表現に変えられています。

 さらに3番に出てくる「夢」です。原詩のほうではこの夢というのは、田舎から都会に出てきた者が持つ、立身出世の「夢」です。「一旗上げて帰郷」「故郷に錦を飾る」(言い換えれば故郷は成功しないと帰り辛い場所であるとも言える。)
 ・・・ということは原詩の1番に出てくる「夢は今もめぐりて」の夢も、故郷の夢ではなくて、成功する夢である可能性があります。
 そしてベラルーシ語版では、この「夢」がそのまま故郷に帰ることそのものである、と完全に意味を変えています。
 さらには原詩のほうが「一旗上げて帰郷」「故郷に錦を飾る」という故郷の人々に自分を見せることが大切であるにもかかわらず、ベラルーシ語版では全く逆で、故郷に帰るのが夢だけれど、静かに(誰にも見られず)そっと通り抜けるだけ、と歌っています。
 どうしてこんなに変わってしまったのでしょう。

 原詩のほうは立身出世、あるいは志を立て、懸命に努力することが大切であると、教訓のようにも取れる内容です。そのためこの歌は気高く歌い上げられることが多く、また学校でも必ず習います。これは教訓臭いので、子ども向けの歌ではない、と批判している批評家もいます。
 私の見解としては、これは本当は教訓臭い歌ではなく、詩人が自分を叱咤激励している歌だと思います。この歌を日本人全員の歌として聴くのではなく、ましてや教訓の歌として考えてはいけないような気がします。海や団地が故郷の光景だ、という日本人もいます。日本人ならみんながみんな兎を山の中で追いかけたわけではありません。この歌では純粋に詩人高野辰之の故郷感が詩になっています。実は個人的な歌なのです。
 にもかかわらず、この歌が多くの日本人に愛される理由は何なのでしょうか。歌詞の内容が「兎を追いかけた山」「鮒を釣った川」と非常に具体性に満ちているものの、それらの表現の根底に「懐かしい故郷」という普遍的な感情が強く流れていて、それが多くの人が持つ気持ちに通じるからではないでしょうか?
 「兎追いしかの山〜♪」と歌いながら、兎や山のことを頭の中で想像するのではなく、それぞれの故郷の思い出を思い浮かべながら、歌うことのほうが多いのではないでしょうか?

 ベラルーシ語版ではカモツキーさん自身の故郷感が、よく表れていると思うのです。幸せな子ども時代、明るいところ、無二の土地。そこへ帰るときは、立身出世しているのかどうかは関係ない。ただそっと通り過ぎていくだけ。そして私だけでなく、故郷の大地そのものが私が帰ってくるのを待ってくれているように感じられれば、それでよい。・・・そんな故郷に対する考え方なのです。
 ですから編曲も歌い方も大変明るく美しく、それでいて簡素です。少し哀しげですが、とてもあっさりしています。

 原詩とベラルーシ語版のどちらの詩のほうが、自分の故郷感に近いのか? それは聴いた人によりけりでしょう。また自分だけにしかない故郷感を持った唯一の詩を作ることだって、みんなできると思うのです。

・・・・・・・・・

「故郷」 作詞:高野辰之 作曲:岡野貞一

1 兎(うさぎ)追いし かの山
  小鮒(こぶな)釣りし かの川
  夢は今も めぐりて
  忘れがたき 故郷(ふるさと)

2 如何(いか)に在(い)ます 父母(ちちはは)
  恙(つつが)なしや 友がき
  雨に風に つけても
  思い出(い)ずる 故郷

3 志(こころざし)を はたして
  いつの日にか 帰らん
  山は青き 故郷
  水は清き 故郷

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 トーダル&WZ-オルキエストラについて、詳しくは以下のリンク先からご覧ください
・「Tのベラルーシ音楽コラム」  バラード 季節の香り
(ベラルーシの部屋内にある紹介ページにあるトーダル&WZ-オルキエストラのCD紹介ページ)
・トーダル君の公式サイト

辰巳雅子
Date:2005/10/29