3月5日にビタペクト2と「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピー無料配布運動として、SOS子ども村での第56回目の配布を実施いたしましたので、ご報告いたします。
今回はビタペクト2を16個、そして「放射能と栄養」のコピーを10部渡しました。
これで今までに配布したビタペクト2は合計1192個、「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーは950部となりました。
今回で通算64回目のビタペクト2の配布となりました。
のべ人数になりますが、現時点で1192人分のビタペクト2、そして950家族分の「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。
ビタペクト2の成分や、これまでの配布運動について詳しくはこちらからご覧ください。
「チェルノブイリ:放射能と栄養」について詳しくはこちらをご覧ください。
SOS子ども村についてはこちらをご覧ください。
(ビタペクト2を開発、製造、販売しているベルラド研究所のサイトはこちらです。)
さて、今回も保養に来ていた家族からお話をうかがいました。
今回はゴメリ州チェチェルスクから一家族が来ていました。チェチェルスクは今でも放射能汚染地域とされている地域です。
この家族は家庭版孤児院といわれる一家でした。順番に説明すると、まず父親と母親の間に6人の実子がいます。そして里子を12人もらいました。さらに実子である長女が結婚し、2人の養子をもらいました。
独立した実子や、都会の大学に進学している子どももいますが、現在20人が2つのアパートで生活しています。1つのアパートは3部屋なので、6部屋で20人が暮らしていることになります。家庭版孤児院なので、住居を支給してほしいと行政に申請したところ、家族全員が住める一戸建ての家はないので、アパート2戸をもらったそうです。でもやっぱり狭いですよね。それにもかかわらず、去年また新しく3歳の子どもを里子に迎え入れたそうです。
SOS子ども村へは、12人の里子と2人の養子ならぬ「養孫」、そして実子1人を加えた15人の子どもをお母さんが連れて来ていました。
そして16人全員に1個ずつビタペクト2を渡しました。それぞれの放射能測定値はこのとおりです。(年齢は満年齢です。)
母親 19ベクレル
17歳男子 36ベクレル ○
17歳男子 27ベクレル ○
16歳男子 21ベクレル
16歳女子 25ベクレル
15歳女子 19ベクレル
14歳男子 26ベクレル
14歳男子 35ベクレル
13歳女子 25ベクレル
13歳女子 20ベクレル
13歳男子 32ベクレル
12歳女子 34ベクレル
12歳女子 15ベクレル
7歳女子 24ベクレル
5歳男子 23ベクレル
4歳女子 28ベクレル
健康問題を抱えている子どもは特にいないそうです。
チェチェルスクは放射能汚染地域なので、何か福祉政策などないのか尋ねました。
すると毎年1年に2回サナトリウムへ国から出る費用で保養に行くことができたそうです。ところが今年(2007年)から1年に1回に減らされてしまいました。放射能汚染地域であっても、予算不足からか、被害者の人たちへのケアが減ってきているそうです。
海外からの支援で、保養へ行ったことがあるかきいたところ、イタリアへの保養に行ったことのある子どもが2人いました。上記の○印をつけた17歳男児2名です。
しかし、行った時期がいつなのかにもよるとは思うのですが、他の行ったことのない子どもと放射能値の結果に大きな差はあるようには見えません。
チェチェルスクは有名な放射能汚染地域なので、ベルラド研究所が2年に1回の割合で、学校を訪問し、子ども達の放射能値を測定しているそうです。値が高かった子どもにはビタペクト2が渡されたそうで、飲んだことのある人、手を挙げてみて、と言うと、小学生以上の子どもはほぼ全員手を挙げていました。どの子どもが何回飲んだかは、お母さんは
「子どもが多くて覚えていない。」
と把握していませんでした。
とにかく、放射能汚染地域に住み続けている人は、ビタペクト2を飲んだり、外国へ保養に行ったとしても、時間が経過すると食品からまた放射能を取り込んでしまうので、1年2回はビタペクト2を飲むほうがいいと、SOS子ども村のリリヤ先生が話していました。
しかしまあ、20人家族ってどんな生活なのでしょうかね? 1ヵ月に約2回誰かの誕生日をお祝いしているわけですよね。大変なのか、楽しいのか、私には想像がつきません。(たぶん両方でしょうね。)
画像は記念撮影したときの様子です。今回も子どもたちに折り紙用の紙や、折り紙の作り方のコピー、竹とんぼをプレゼントしました。渡したらすぐに折り紙を始めたり、まだ雪が残っているのに上着もちゃんと着ずに、竹とんぼを飛ばしに外へ飛び出す男の子もいました。
最後になりましたが、ビタペクト2の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、折り紙用の紙、竹とんぼなど子どもたちへのプレゼントを寄付してくださった方々、また日本ユーラシア協会大阪府連主催のバザールなどで交通費など諸経費を捻出してくださった多くの日本人の皆様に、この場を借りて深くお礼申し上げます。
多くの方々に支えられて、この活動が続いています。私はもちろん、ベラルーシの子どもたちもSOS子ども村の職員の方々も大変皆様に感謝しております。本当にありがとうございました。今後もご支援をよろしくお願いいたします。