2004年「ビタペクト2」&『放射能と栄養』無料支給・配布運動

2004年活動記録
*SOS子ども村*
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オリガさん一家
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ビタペクト2について
成分
外観と摂取方法
 

 


SOS子ども村

第14回

 2004年2月13日にビタペクト2と「放射能と栄養」のコピー無料配布運動として、SOS子ども村での第14回目の配布を実施しました。
 今回はビタペクト2を13個、「放射能と栄養」のコピーを11部を渡しました。
これで今まで配布したビタペクト2は合計449個、「放射能と栄養」のコピーは416部となりました。
 (のべ人数、そして単純計算ですが、これで449人分のビタペクト2、そして416家族分の「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。)

13個のビタペクト2のうち8個は、2003年3月2日に行われたビタペクト2の配布(通算3回目、SOS子ども村では1回目)のときに保養にきていたお母さんとその子どもたちに渡しました。詳しくは2003年の活動記録、ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第1回をご覧下さい。

 このときに足に難病を抱えた二人の子ども(マリーナさんとウラジーミル君)が保養のために、SOS子ども村に滞在していたのですが、そのときいっしょにモズィリ出身の他の家族も滞在していました。
今回、その家族の末っ子の男の子が甲状腺の異常などの精密検査を受けることになり、モズィリから1日だけSOS子ども村の近くの病院へ来たのですが、お母さんから私へ電話がかかってきて、またビタペクト2をもらいたい、という申し出がありました。

検査後、SOS子ども村で待ち合わせをして、ビタペクト2をお母さんに渡しておきました。
渡した個数は家族6人に1個ずつ、そして甥っ子2人の分を頼まれ、合わせて8個です。
今回ベルラド研究所で、体内放射能の値を再測定できればよかったのですが、お母さんは
「末っ子以外の子どもはみんな元気にしている。ビタペクト2のおかげかもしれないので、また子どもたちに飲ませたい。近くに住む甥二人にも飲ませてあげたい。」
と話していました。
末っ子の男の子は検査の結果、血液の状態がよくないが、入院などをする必要は今のところなく、薬を飲み続けることになったようです。その日のうちにお母さんとモズィリの家へ帰りました。

その後、いつものとおり、保養で滞在している家族にビタペクト2と「放射能と栄養」のコピーを渡しました。
今回はブレスト市からお母さんと3人の子ども、そしてビテプスク州ウシャシェスキー村からお母さんと9人の子どもが保養に来ていました。
ビテプスク州は放射能の被害がない地域だとばかり思っていましたが、体内放射能値は後者の家族のほうが高かったです。
ブレスト市から来た家族は全員、ビタペクト2を飲む必要はありませんでしたが、ビテプスク州のほうの家族は母親と9人の子どものうち5人に高い放射能値が測定されました。
母親(42歳)の体内放射能値は19ベクレル、15歳の女の子が21ベクレル、13歳の女の子が24ベクレル、9歳の男の子が31ベクレル、7歳の女の子が24ベクレル、1歳の男の子が45ベクレル・・・でした。

このうち1歳の坊やをのぞく5人に1個ずつビタペクト2を渡しておきました。
(いつも思うのですが、3歳以下の子どもでも飲めるビタペクト2を開発してほしいです。小さい子どもほど、早く放射能を体外に出すほうがいいと思うのですが・・・)
この一家が住んでいる村の診療所では家族全員健康、と診断されたそうですが、お母さんは、子どもたちの甲状腺は腫れているような気がする、視力が悪い、村の医者は信用できない、もっと大きな病院で検査を受けたいと話していました。

またビタミン剤を買って子どもに与えるように言われたが、収入が少ないので安い中国製のビタミン剤を買って飲ませていたが、後になって、そのようなビタミン剤を作っている中国の会社はない、と中国人に教えてもらって、本当にビタミン剤を飲ませていたのかどうか、分からなくなってしまったそうです。
(私もその中国の会社を知らないか? ときかれましたが、分かりませんでした。)

また、子どもたちが好き嫌いがはげしく、果物やインスタントのおかゆばかりを食べているそうで、SOS子ども村の職員さんから、母親に対して食事の指導(栄養の教育)が行われていました。
SOS子ども村で保養滞在をしている間は、食費が現金の形で直接支給され、母親が食料品を購入し、調理して子どもたちに食べさせます。食堂のようなものはこの施設にはありません。
このお母さんは最初の買い物のとき、果物しか買わず、職員さんに叱られていました。
「果物も大事ですが、もっと滋養のある食べ物、毎日お肉を食卓に出してください。また最低週に1回は肉の代わりに魚をおかずにするように。」
「でもうちの子どもたちはお肉も魚も食べないんです。食べないものを買ってもしょうがない。」
う〜ん、何のための保養なのか、分かっているのかなあ、と話を聞いていて心配になりました。こういうお母さんもいます。

食堂に行って出された食事を食べる、という方法だといやでもそれを食べないとお腹がすいてしまうので、好き嫌いを直すいい機会のようにも思われますが、SOS子ども村では必ずお母さん手作りの食事を出すようにしているようです。確かに啓蒙、というと大袈裟ですが、母親に対してのこういった教育も必要だなあ、と思いました。職員さんも大変です。
しかしこの家の子どもたちは
「お肉嫌い、じゃがいも嫌い。」
というベラルーシ人とは思えないような子どもたちでした。果物ばかり食べてお腹すかないんでしょうか???
ビタペクト2より、もっと基本的な食生活が全然できていない家庭でした。ちゃんとビタペクト2を飲んでもらうことを祈ります・・・。

画像は保養家族が滞在しているおうちの1階にある台所兼食堂です。お茶を飲む準備をしています。2家族が使うにはちょっと狭い台所かもしれませんが、居間は広く、寝室もゆとりをもって作ってあります。
またここには写っていませんが、いつものように折り紙の折り方、折り紙用の紙もプレゼントしておきました。

 最後になりましたが、ビタペクト2の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、またバザーなどで諸経費(折り紙用の紙や、SOS子ども村までの交通費など)を捻出してくださった皆様、この場を借りてお礼申し上げます。本当にありがとうございました。
by 辰巳雅子
2004/2

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