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SOS子ども村
第15回
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2004年3月10日にビタペクト2と「放射能と栄養」のコピー無料配布運動として、SOS子ども村での第15回目の配布を実施しました。 今回はビタペクト2を8個、「放射能と栄養」のコピーを10部渡しました。これで今まで配布したビタペクト2は合計457個、「放射能と栄養」のコピーは426部となりました。 これで通算18回目のビタペクト2の配布となりました。 のべ人数、そして単純計算ですが、これで457人分のビタペクト2、そして426家族分の「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。
今回はゴメリ州ペトリコフ地区にある二つの村から二家族が来ており、お話をうかがうことができました。
家族A 子どもは7人。そのうち長男を除く6人とお母さん保養に来ていました。家族のうち働いて いるのはお父さんだけで生活は苦しいそうです。 子どものうち12歳の男子は胃炎など消化器系の病気を生後6ヶ月から持ち続けています。一ヶ月前検査を受けて、心臓も弱い事が分かりました。ベラルーシ人なのにパンが食べられないなど食事制限が多く、やせており、内臓疾患の障害者として登録されています。 その子は二卵性双生児の一人ですが、お姉さんのほうは健康です。お姉さんのほうが背が高く、弟のほうは顔色も悪くて、とてもおとなしく、他の子どものように動き回ろうとせず、常にじっとしていました。 お母さんの勧めにより今ダンスを習って体を動かすようにしているそうです。 この家族のうち最も放射能値が高かったのが、この12歳の男の子で25ベクレルでした。 6人の子ども全員にビタペクト2を渡しました。
家族B 同じペトリコフ地区の村から来ました。3人の自分の子どもと同じ村に住む他の子ども2人を連れて来ていました。 お母さんが23ベクレルでしたが3人の子どもたちは全員0ベクレル。預かってきた12歳の男の子が29ベクレルでした。お母さんとこの男の子にビタペクト2を渡しました。 お母さんは 「自分の子ども3人は0ベクレルで本当に安心した。今回保養に来て本当によかった。自分の体の中に放射能があるのかないのか、分からないより、はっきり分かるほうが精神的にいい。」 と話していました。 この一家は両親がコルホーズで働いていますが、去年は半年間給料が遅滞し、自分たちが作っている野菜を市場で売って現金収入を得たそうです。 前述の29ベクレルだった男の子も、自分の両親が作った野菜を市場で夏休みの間中、売り続けて、儲けたお金でテレビを買ったそうです。そのためみんなから「えらいえらい。孝行息子だ」と誉められていました。 お母さんの話によると、冬の間は、酢漬けにした野菜と、自分が飼っている牛の牛乳と、秋につぶした1頭の豚だけを毎日食べているそうです。つまり、冬は毎日ほとんど同じ物ばかりを食べている、ということです。 お母さんの給料は日本円にして2000円ほどしかなく、子どもを進学させたいが、それにはお金がかかる、どうしたらいいのだろう、というのが悩みだそうです。
しかし、お母さんとその子どもたちは信心深く 「子どもたちが0ベクレルだったのは、神様のおかげ。」 と話しており、 「最近の教会では、賛美歌も現代風にアレンジして、子どもたちに教えているのよ。」 と親子でいろんな歌を歌ってくれました。(お母さん、すごく歌が上手でびっくりしました。) 生活は大変そうでしたが、歌を聴いていると親子の絆が深くて何だかうらやましくなってしまいました。
最後になりましたが、ビタペクト2の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、またバザーなどで諸経費(折り紙用の紙や、SOS子ども村までの交通費など)を捻出してくださった皆様、この場を借りてお礼申し上げます。本当にありがとうございました。
画像はみんなでお茶を飲んだときのようすです。壁に貼ってあるのは、3月8日の国際婦人デーをお祝いするために子どもたちが描いた絵です。右端の白衣の女性は、SOS子ども村の子どもたちの健康管理を担当されているリリヤ先生です。医学の事に関してはいつも的確な知識を教えていただいています。
by 辰巳雅子
2004/3
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