2006年「ビタペクト2」&『放射能と栄養』無料支給・配布運動

2006年活動記録
*SOS子ども村*
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ビタペクト2について
成分
外観と摂取方法
 

 


SOS子ども村

第42回

 2月15日にビタペクト2と「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピー無料配布運動として、SOS子ども村での第42回目の配布を実施いたしましたので、ご報告いたします。

 今回もビタペクト2を個、「放射能と栄養」のコピーを10部渡しました。
 これで今までに配布したビタペクト2は合計947個、「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーは810部となりました。

 今回で通算49回目のビタペクト2の配布となりました。
 のべ人数、そして単純計算ですが、現時点で947人分のビタペクト2、そして810家族分の「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。

ビタペクト2の成分や、これまでの配布運動について詳しくはこちらからご覧ください。
「チェルノブイリ:放射能と栄養」について詳しくはこちらをご覧ください。
SOS子ども村についてはこちらをご覧ください。


 今回も保養に来ていた家族からお話をうかがいました。
 2家族が来ていたのですが、そのうちの1家族は「チェルノブイリ被災児マリーナさんとウラジーミル君の治療支援活動」で支援を行った家族でした。

 ピンスク地区ソシノ村から来たこの一家は、SOS子ども村での第1回目のビタペクト2配布 のときに、保養に来ていて知り合い、その後もマリーナさんとウラジーミル君の足の病気(表皮水泡症)に対する医療支援や、ソシノ村の学校や幼稚園へのビタペクト2配布活動などで、お互いに助け合ってきた家族です。

 ソシノ村へのビタペクト2配布活動報告については第1回(2003年10月 )、第2回(2004年 ) をご覧ください。

 マリーナさんとウラジーミル君の足の病気はチロ基金の支援により、回復したのですが、その後残念なことに再発しました。
 お母さんはもう一度ミンスクの専門病院での診察を希望しましたが、そのためにミンスクに近いところにあるSOS子ども村での保養を申請したところ、それが受理され、今回SOS子ども村に来ることができました。つまり保養滞在中に専門病院へ行けたら足の病気も専門医に診てもらえて一石二鳥、ということです。
 今回の投稿ではまず保養中のビタペクト2配布活動についてご報告します。

マリーナさんとウラジーミル君病気治療への今回の支援はこちら(チェルノブイリ被災児マリーナさんとウラジーミル君の治療支援活動」第3回)をご覧ください。

 さて、今回もこの一家は体内放射能値を測定したのですが、その結果はこのとおりでした。

・マリーナさん(16歳)・・・27ベクレル
・ウラジーミル君(14歳)・・22ベクレル
・オーリャちゃん(9歳)・・・10ベクレル
・母親・・・・・・・・・・・・15ベクレル
・孫(3歳)・・・・・・・・・ 7ベクレル

 この家族の中でビタペクト2を渡したのはマリーナさん、ウラジーミル君、お母さんの3人(3個)です。
 この他ソシノ村に住む3人の男の子を引率して連れてきていましたが、放射能値は低く、ビタペクト2は渡しませんでした。健康状態にも問題はないそうです。
 3歳の孫を除いて、この一家も、3人の男の子もビタペクト2を2004年10月に飲んでいます。つまり最後にビタペクト2を飲んでから1年4ヶ月経過しているということです。
 このようにソシノ村の子ども達に放射能値にばらつきが出たのは、やはり、食べた物の汚染度や体質の違いがあるからだと思います。

 またこの一家は今までにも放射能値を測定しています。

 2003年2月に1回目の測定。結果は、マリーナさん31ベクレル、ウラジーミル君20ベクレル、オーリャちゃん35ベクレル、母親20ベクレル。

 2003年3月に1回目のビタペクト2摂取。

 2003年7月に2回目の測定。結果はマリーナさん0ベクレル、ウラジーミル君8ベクレル、オーリャちゃん0ベクレル、母親0ベクレル。

 2003年10月に2回目のビタペクト2摂取。

 2004年10月に3回目のビタペクト2摂取。

 そして今回(2006年2月)の第3回目の測定。そして4回目のビタペクト2摂取。

・・・という結果でした。
 ビタペクト2を飲んでから間もない時期の測定では、放射能値が下がっていて、効果のあることが分かります。しかし、やはり1年に1回ぐらいのペースで飲むのがいいのかもしれません。

 さて、次にもう一つの家族についてです。
 この家族はゴメリ州バブルイスク市から来た家族です。
 母親と2人の子ども、そして4人の甥や姪を合わせて、2歳から9歳までの合計6人の子どもが来ていました。
 ビタペクト2を渡したのは母親を含む7名全員です。体内放射能の測定結果は16ベクレルから27ベクレルまでの間に7名が入っており、1人1個ずつビタペクト2を渡しました。
 2歳の子どもには普通ビタペクト2は渡さないのですが、お母さんの希望により、様子を見ながら与えることになりました。
 子ども達は健康状態はいいそうですが、9歳の男の子が腎臓病で、医者からも「治ることはありません。」と宣言され、お母さんの表情は暗かったです。
 でも医療も進歩しているので、今は無理でも将来治る方法が見つかるかもしれませんよね。
 
 画像は記念撮影した様子です。見違えるほど大きくなったマリーナさんたちに会えてとてもうれしかったです。
 今回も子どもたちに折り紙用の紙や、折り紙の作り方のコピー、絵葉書のほか、2月になってしまいましたが日本製のカレンダーをプレゼントしました。印刷のきれいなカレンダーを見てみんなとても喜んでいました。(ただ祝祭日は日本の祝祭日になっているので、間違えないでね。)(^^;)

 最後になりましたが、ビタペクト2の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、折り紙用の紙やカレンダーなど子どもたちへのプレゼントを寄付してくださった方、またバザーなどで交通費など諸経費を捻出してくださった皆様に、この場を借りて深くお礼申し上げます。

 多くの方々に支えられて、この活動が続いています。私はもちろん、ベラルーシの子どもたち、お母さんたち、SOS子ども村の職員の方々も大変皆様に感謝しております。本当にありがとうございました。

辰巳雅子
Date:2006/02/22(Wed)

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