※写真および文章はベラルーシの部屋ブログの記事を一部加工し、転載しました。
2008年最初の活動報告となりました。
1月17日にビタペクト2と「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピー無料配布運動として、SOS子ども村での第70回目の配布を実施いたしましたので、ご報告いたします。
今回はビタペクト2を11個、そして「放射能と栄養」のコピーを10部渡しました。
これで今までに配布したビタペクト2は合計1441個、「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーは1080部となりました。
今回で通算80目のビタペクト2の配布となりました。
のべ人数になりますが、現時点で1441人分のビタペクト2、そして1080家族分の「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。
ビタペクト2の成分や、これまでの配布運動について詳しくはこちらからご覧ください。
「チェルノブイリ:放射能と栄養」について詳しくはこちらをご覧ください。
SOS子ども村についてはこちらをご覧ください。
(ビタペクト2を開発、製造、販売しているベルラド研究所のサイトはこちらです。)
今回も保養に来ていた家族にお話しを伺いました。2家族が来ていたのですが、両家族とも、3回目の滞在でした。前回の測定と比べて、体内放射能値はどのように変化したのでしょうか。
(家族A)
ゴメリ州カリンコビッチから来た家族。
2005年2月と、2007年1月に保養滞在に来たことがあります。
2005年の滞在のときの様子は、チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村
第29回」をご覧ください。(家族A)
2007年の滞在のときの様子は、チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村
第53回」をご覧ください。
この家族には4個のビタペクト2を渡しました。
2005年、2007年、そして2008年の放射能値の経緯は下表の通りです。
2005年 | 2007年 | 2008年 | |
母親 | 10ベクレル | 15ベクレル● | 14ベクレル● |
男子a | 16ベクレル● | 15ベクレル● | 26ベクレル● |
男子b | 0ベクレル | 19ベクレル● | 17ベクレル● |
男子c | 0ベクレル | 23ベクレル● | 37ベクレル● |
男子d | 0ベクレル | 11ベクレル | 0ベクレル |
●印:チロ基金よりビタペクト2を配布
この家族にはもう二人子どもがいますが、今回は保養滞在に来ていませんでした。
2007年の結果はちょうど1年前のものです。残念なことに体内放射能値が増えてきています。チェルノブイリ原発事故から20年以上経過しても、放射能はなくならない、と改めて思いました。
結局1年前にビタペクト2を飲んだ人はまた今回も飲むことになりました。
飲まなくても、0ベクレルになっている子どももいます。放射能がたまりやすい体質、たまりにくい体質があるように思われます。
子どもたちは以前より元気になってきた、とお母さんは話していました。ただ、食べ物による皮膚アレルギー自体は反応が過敏になってしまったそうです。
ビタペクト2は体内の重金属も体外に排出する働きがあるので、アレルギーの理由が重金属である場合、飲んだ後、アレルギー反応が軽減する可能性はあります。
(家族B)
この家族もゴメリ州カリンコビッチから来た家族です。2004年7月と2005年2月も保養滞在に来ました。ただ、今回初めて保養に来たという子ども3人も引率してきていました。
2004年の滞在の様子は、チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村
第20回」(家族A)をご覧ください。
2005年の滞在の様子は、チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村
第29回」(家族B)をご覧ください
この家族には7個のビタペクト2を渡しました。
この家族は2004年1月、2004年7月、2005年2月、2008年1月と、合計4回放射能値の測定をしたことになります。測定の結果は以下の通りです。
2004年1月(1回目の測定結果。地元の学校で測定。)
母親の記憶によると、家族は全員、44〜47ベクレルの間の数値が測定された。
測定後3個のビタペクト2(自費購入)を6人の子どもたちが分け合って飲んだ。
2回目以降の測定結果を下表にまとめました。
2回目(2004年) | 3回目(2005年) | 4回目(2008年) | |
母親
|
25ベクレル●
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14ベクレル
|
14ベクレル●
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長女
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31ベクレル●
|
18ベクレル
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42ベクレル●
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長男
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26ベクレル●
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14ベクレル
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29ベクレル●
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次女
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28ベクレル●
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5ベクレル
|
0ベクレル
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三女
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13ベクレル●
|
5ベクレル
|
45ベクレル●
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四女
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42ベクレル
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19ベクレル●
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32ベクレル●
|
●印:チロ基金よりビタペクト2を配布
この家族にはさらに五女が生まれ、現在生後5ヶ月です。当然この子は今回初めて測定しましたが、結果は0ベクレルでした。
さらに2人の姉弟を引率してきていました。この二人は今回初めて放射能値を測定しました。
18歳の姉は23ベクレル(●)12歳の弟は40ベクレル(●)でした。
ちょうど3年ぶりの測定だったのですが、やはり残念なことに放射能値は全体的に増えていました。逆に0ベクレルまで下がった子どももいますが、理由ははっきり分かりません。やはり体質なのかなあ、と思います。
お母さんのお話によると、子どもたちは以前頭痛に悩まされていましたが、最近はずいぶんよくなった、とのことでした。
ただ引率してきていた姉弟のうちお姉さんのほうが、自ら話してくれましたが、心臓が弱く、よく入院している、ということでした。しかし、学校の成績がよいので、ミンスクの大学に進学を希望していました。しかし両親は体が弱いから、近くのゴメリの大学にしなさい、と言っているそうです。今年の夏、受験ですが、体が弱いからこそ、教養を身につけて、いい仕事に就けたらなあ、と思いました。とてもしっかりした子でした。
今回も子ども達に折り紙や、折り紙の作り方のコピー、自分で作る竹とんぼなどをプレゼントしました。
画像は子どもたちの様子なのですが、みんなですごくおいしいケーキを作ってくれました。男の子はミキサーの係で、材料を混ぜ合わせてくれたそうです。ケーキはとろけそうなほど、おいしかったです。
そして、男の子たちが作ったブロックの家もテーブルに飾られていました。
器用ですよね、本当に。(折り紙なんて簡単でしょうね。)
最後になりましたが、ビタペクト2の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、折り紙など子どもたちへのプレゼントを寄付してくださった方々、またバザーなどでSOS子ども村への交通費を捻出してくださった多くの日本人の皆様に、この場を借りて深くお礼申し上げます。
多くの方々に支えられて、この活動が続いています。ベラルーシの子どもたちもお母さんたちもSOS子ども村の職員の方々も皆様に大変感謝しております。本当にありがとうございました。