ベラルーシの部屋レポート
2003年12月

ベラルーシのTによるレポートと、管理人さばからのお知らせです

No.238 ベラルーシのおみやげ ベラルーシ音楽 訂正版
>>訂正しました〜(by saba)

No.239 ベラルーシの民族文化 >> Tのベラルーシ音楽コラム >> No.3 へ移動しました。 (2004/4 by saba)

No.240 ベラルーシの民族文化>> Tのベラルーシ音楽コラム >> No.4 へ移動しました。 (2004/4 by saba)

No.241 ベラルーシの民族文化>> Tのベラルーシ音楽コラム >> No.5 へ移動しました。 (2004/4 by saba)

No.242 ベラルーシの民族文化>> Tのベラルーシ音楽コラム >> No.6 へ移動しました。 (2004/4 by saba)

No.243 ベラルーシの民族文化>> Tのベラルーシ音楽コラム >> No.7 へ移動しました。 (2004/4 by saba)

No.244 ベラルーシの民族文化>> Tのベラルーシ音楽コラム >> No.8 へ移動しました。 (2004/4 by saba)

No.245 ベラルーシの民族文化>> Tのベラルーシ音楽コラム >> No.9 へ移動しました。 (2004/4 by saba)

No.246 ベラルーシの民族文化>> Tのベラルーシ音楽コラム >> No.10 へ移動しました。 (2004/4 by saba)

 Title:『2003年年末ロシア・東欧物産バザール』のご報告
 先日ご案内しました日本ユーラシア協会大阪府連主催の『2003年年末ロシア・東欧物産バザール』バザーのご報告をいたします。
 この日曜日、無事バザーは終了し、おかげさまで売上げを伸ばすことができました。(^^)
 バザーでお買い上げくださった皆様、主催の日本ユーラシア協会大阪府連の方々、商品の搬送などでご協力くださった皆様に深謝いたします。
 この売上げは、チロ基金の活動資金として、有効に使わせていただきます。
 今回は絵本やCDがたくさん売れたようで、このレポートにベラルーシ音楽コラムをせっせと投稿した甲斐がありました。(^^)
 これからも、チロ基金の活動がんばろう! と力が湧いてくる思いです。
 どうぞこれからも、宜しくお願いいたします。ありがとうございました。
by ベラルーシのT
Date:2003/12/09(Tue) 08:16 No.248

 Title:日本の小学生によるベラルーシについての感想文 
 私は普段ベラルーシでベラルーシ人の子どもに日本のことを話す、という仕事をしているのですが(現在は育児休暇中でそういう機会が減っていますが)逆に日本の子どもにベラルーシの話をする、というきっかけがあればな・・・と思っていました。
 その思いは意外に早く実現しました。と言っても、私自身ががベラルーシの話をしたのではありません。
 チロ基金の古くからの協力者で、常日頃お世話になっている神戸市在住の薗村志乃さん(本名ではなく、ペンネームです。)とその友人である田中文子さん(学習塾『GTゼミナール』経営)のおかげなのです。
 
 田中先生がベラルーシに旅行にも行ったこともある薗村さんに
「塾に通っている子供たちにベラルーシの話をしてほしい。」
と提案され、こころよく引き受けられた薗村さんが去る10月10日、小学校6年生10〜15人の塾の生徒さんたちに、ベラルーシの写真(薗村さんが撮影したものや、ベラ部屋で公開しているものをプリントしたものなど)や民芸品(亜麻人形)などを利用し、ベラルーシの紹介を視覚的にも分かりやすくお話してくださいました。
 また当日はベラルーシ料理のドラニキをみんなで作って試食するなど、大変盛り上がった会になったようです。

 後日薗村さんから教えていただいたところによるとお話の内容は、1.ベラルーシの位置 2.簡単なベラルーシ語のあいさつ等。3. ベラルーシの風景など。4. チェリノブイリの話とSOS子供村の話 ・・・などだったそうです。

 その後参加した生徒さん達が感想文を書いてくれました。それをここで発表します。

・ドラニキはお好みやきとにているあじがした。それがすごくおいしかった。

・ドラニキがおいしかった。また作って、食べたいです。

・以外にドラニキがおいしかった。

・ドラニキは、じゃがいもでできているようには見えなかったけどとってもおいしかった。

・ドラニキは、ジャガイモとかでかんたんに作れておいしかったのでよかった。

・ドラニキに、ソースとマヨネーズをかけて、食べたらおいしかった。つくるのは、むずかしかった。

・ドラニキがすっごくおいしかった!また作りたいです。アハハー ウフフフフ

・ドラニキがおいしかった。

・じゃがいもであんな味になるなんてびっくりした。おいしかった。

・ドラニキがとても美味しかった。ベラルーシという国があるなんて知らなかった。

・ ドラニキという料理はうちの想像では羊の肉からウンタラカンタラ・・・・・と思ったけど、すーごくおいしかったです。あっさりしてて、おこのみやきみたいで・・・・。でも、ベラルーシを話してくれた人は「ベラルーシには山がない」とか「コインがない」とかびっくりして。ちょっとだけ、ベラルーシにいってみたいなーと思いました。

・私は、ベラルーシって言う国なんか知りませんでした・・・・ でも、けっこう知ってる国のちかくだったので、ビックリした!! ドラニキは、むっちゃ〜おいしかったです! 外国の料理ってあんまりたべたことなかったので、食べれてうれしかったです。また作りたいと思っています。 ありがとうございました。
 
・『ベラルーシ』って聞いたとき、「なにそれ〜!?」と思った。でも話を聞いていたら、すごくキレイなところなんだな。と思った。《ドラニキ》を作っている時、「本当においしいかなぁ。」って思ったけど、食べたら、とってもおいしかったです。家でも一度作りました。とてもうまくいきました。ありがとうございます。ぺこりん(お辞儀しているイラストを描いてくれています)

・ベラルーシという国のことは、ぜんぜん知りませんでした。だからわたしは、この前初めて知りました。日本とは、ぜんぜんちがうくて、びっくりしました。「山がない」とか、「コインがない」などと・・・・。そして、ドラニキも、予想とは、ちがってて、とてもおいしかったです!


 ・・・というわけで、子ども達にドラニキ大好評! だったことがよく分かりました。家でもまた作ってくれたりして、何ていい子たちなんでしょう。
 あと、「山がない」「コイン(硬貨)」がない、ということが印象的だったようです。
 また子どもたちは、感想文の中にドラニキやドラえもんなど、色々なイラストを描いてくれました。
 
 田中文子先生の意向としては、世界にはいろいろな子供たちがいるということを、日本人の子供たちに知ってほしいというのがねらいだったそうですが、ちゃんと目的達成していますね。

 その田中先生からのお手紙も公開します。
「おいしかったドラニキ、原発事故の後遺症がありながらもがんばっている子ども達、彼らを応援なさっている薗村さんやTさん・・・そんななにもかもをやさしく包みこんでくれている美しい自然、人々の営み。
ベラルーシのお話を聞く機会を与えられたこと、本当に感謝しています。ありがとうございました。後日生徒のお母さまに会った時、よろこんでくださいました。「ベラルーシってお母さん知ってる?と言って色々話してくれたんですよ、ドラニキも作ってみんなに食べさせてくれました」って!
これから、毎年、こういう機会を持ちたいとおもいます。どうぞ、よろしくお願いしますネ。それから、見せていただいたお写真のなかで、Tさんのご主人の、どっしりと大地に根をおろした生活者のみが持つステキな表情が心にのこっています。ご夫婦にお会いしたことがなくても心は通じます。すばらしい出会いをありがとうございました。  田中文子」

 こちらこそありがとうございました。また来年も薗村さんが子ども達にお話してくれる予定になっているそうで、今から楽しみにしています。薗村さんは
「話のすぐ後に、ドラニキを作って食べたので、子供たちにはドラニキの印象が強く残ったのでしょう。コインがないは、子供たちの質問で、お金のことを聞かれ、お札しかなくてコインがないと答えたものです。
 それから子供たちと別れ際に、私に『さよなら』をベラルーシ語で言ってくれました。 子供ってすごい!と感心し、感激しました。
 チェルノブイリの話が子供たちに通じたかなあ?と田中さんに話したところ、『ベラルーシという国のことが、子供たちにわかったので、この国を通して、チェルノブイリのことを聞いた時、そういえば、あの時聞いたような気がすると、きっと思い出してくれると思うよ。』と田中さんは話してくれました。」
 ということでした。
 私もきっと思い出してくれると思います。なにせ1回聞いただけで、ベラルーシ語のさようなら、を覚えるぐらい記憶力のある生徒さんたちですから。(^^)

 ところで、このお話の後、子ども達に田中先生が
「もし、ベラルーシに行くことになって、日本のことをベラルーシ人のお友達に教えるとしたら、みなさんは何を持っていきますか?」
と質問したところ
「分からない。」
という返事しか返ってこず、先生はちょっとがっかりしてしまった・・・と薗村さんから教えていただきました。
「日本の子供たちは、物がありすぎて、何が日本の物かわからなくなってきているの
ではないのかな?」
と田中先生と薗村さんは話したそうですが・・・。

 ところでこの質問、とてもいい質問だなあ、と思い、私も使わせてもらおうと、先日、日本文化情報センターに1−4年生の小学生が校外学習の一環できたときに「もし、日本に行くことになって、ベラルーシのことを日本人のお友達に教えるとしたら、みなさんは何を持っていきますか?」
と質問してみました。
 すると
「雪を持っていく。」(ベラルーシは寒いと言いたいらしいです。)
「民族衣装を持っていく。」
といった返事が返ってきました。
「写真を持っていく。」という子どもが多くて
「何が写った写真?」と尋ねると
「自分の家の中を撮ったもの。」
ということでした。ベラルーシ人の子どもにとっては家の中など自分の生活に密着したものが、「ベラルーシ」なのかなあ、と思いました。
 裏返して言うと、ベラルーシの子どもたちも日本と言えば富士山や桜、というよりも、ごく普通の日本人の子どもの生活を知りたいと思っているのかな? と感じました。今後のセンター運営の参考にします。

 最後になりましたが、このような貴重な機会を与えてくださった、田中文子先生、そして熱心にお話をしてくださった薗村志乃さんに心からお礼申し上げます。
 きっと参加した子ども達の心にベラルーシのことが残り、また世界は広い、という認識が芽生えたと思います。このような草の根の活動が、大きな実を結ぶと信じてやみません。ベラルーシの情報など何でもご協力しますので、またよろしくお願いいたします。
by ベラルーシのT
Date:2003/12/10(Wed) 08:16 No.250

 Title:ご注意! 日本円の両替について
 長期短期を含めた在ベラルーシ日本人のみなさん、もうすぐお正月休み、これからベラルーシへ行く予定の日本人のみなさんへ。ベラルーシ国内における日本円の両替にご注意ください。
 実は今日、夫が日本円をベラルーシルーブルに両替しようとして、警察に身柄を拘束されてしまったのです! でも悪いことはしてないので、無事解放されましたが・・・。
 どうしてこんなことが起きたかというと・・・

 今日は夫のお父さんの80歳の誕生日で、親戚の中では、一番家が広い我が家に、お父さんをはじめ親戚が集まることになっていました。
 夫も休みを取って、前の日から食事の用意をして、準備万端・・・のはずが、お父さんへのプレゼントをずっと前から決めていたのに、夫が買っていなかったのです。
 それで誕生日当日、朝からプレゼントを夫が買いに行くことにしたのですが、他にもいろいろ事情があり、置いていた日本円をまとめて両替して、ベラルーシルーブルにしておくことにしました。そこからプレゼント代を出すつもりでした。

 そもそもベラルーシで日本円を持っている人自体が少なく、両替できる場所も限られており、街の中心部まで行かないといけません。
 夫はどうせ日本円を両替したら、たくさんのベラルーシルーブルになるんだからと、ベラルーシルーブルは、日本人の感覚で言うと、小銭程度しか持たずに、車で両替所に行きました。
 ベラルーシには銀行の両替所だけが、街のあちこちにあるのですが、その中でも日本円の両替を扱ってくれる両替所へ行き、近くに車を止めました。

 両替所で日本円を出すと、窓口のお姉さんは、日本円はめったと取り扱わないので、本物かどうか調べるような様子を見せていました。しばらくして
「本物のお札かどうかよく分からないので、本店に電話します。」
と電話をかけたのですが、かけた先は、実は警察・・・。

 5分後警官がやってきて、夫の身柄を拘束。その理由は・・・
「最近、ある日本人がベラルーシ国内で日本円を盗まれ、被害届を出した。日本円はベラルーシでは珍しいので、日本円を両替にしに来た者は全員身柄を拘束するよう、通知が来ている。」
 それで、窓口のお姉さんは通報したのです。

 夫は自分が今持っている日本円は、盗んだものではなく日本人である妻のものであることを主張。持っていたパスポート(ベラルーシでは身分証明書)を見せて、家族構成の記載も見せたのですが、警官は
「盗まれた日本円の紙幣の番号が分かっている。それと照らし合わすから、署まで来るように。」(←そんな番号が分かっているのなら、番号の控えを持参して,その場で照合すればいいのに。)
 と言って、手錠こそかけなかったものの、自動小銃を夫の背中を付きつけながらパトカーへ。
 
 パトカーで警察署へ連行される途中、夫は携帯で私に連絡を取りました。それが午前11時ごろ。夫が逮捕されたと知って私はびっくり仰天。
「両親が12時に来ることになっているけど、こういうわけなので、遅れる理由を説明しておいてほしい。」

 その後私から夫の携帯にかけると、取調べ中。
 警官に代わってもらって、私も自分が日本人であること、その日本円は盗んだものではなく、私のお金であること、今日はお父さんの80歳の誕生日で、12時に親戚が集まるから、早く釈放してほしい、と警官に訴えました。
 警官は
「今から紙幣の番号を照合して、盗難された日本円でないと分かれば、すぐ釈放するから。」
 と言いましたが、その照合にやたらと時間がかかっている様子。そんなもの5分もあれば、事件に関係ないとすぐ分かるのに〜! とやきもきしていました。
 12時になってやって来た夫の両親や親戚に事情を説明。再び夫の携帯に電話しました。しかしまだ取り調べは続いている様子でした。

 これは後から夫からまとめて聞いた話ですが、まず両替所のあった場所の管轄署に連行され、その後被害届の出された管轄署に連れて行かれ、それからまた初めに連れて行かれた署に戻され・・・
「日本人の妻の所持金、と主張しているが、ベラルーシに住んでいる妻がどうやって日本円を手にしたのか?」(←私が稼いだお金ですがな。文句ある?!)
「なんでお前達夫婦は日本に住まないのか?」(←どこに住もうと勝手でしょ。)
など、いろいろなことをきかれたそうです。
 
 しかも、盗難された紙幣の番号と照合する、と言いながら、
「う〜〜〜ん、偽札ではないようだなあ〜。」
と言い出し(←ちょっと! 偽札所持で、連行したんじゃないでしょうが!)
 結局照合することなく、夫が持っていた日本円紙幣のほうの番号を、紙に控えて、いろいろ書類を書き、
「その日本円は当分両替しないように。10日経って警察から電話がなかったら、両替してもよろしい。」
と言われたそうです。
 夫は
「自分は何も悪いことしていないのに、どうして両替したらいけないんですか! もう100回言ったけど、今日父の誕生日でこのお金を両替して、プレゼントを買うんですよ! どうして両替しちゃいけないんですか?!」
と文句を言いました。
 
 結局4時間後に身柄拘束解除・・・。
 さらには「もう行ってよし。」と、謝罪の言葉一つなく、警察署から止めている車のところまで、自力で帰れ、と言われました。夫は
「自分は犯罪者じゃない。逮捕したところまで送り届けてほしい。大体自分は障害者で、足が不自由なんですよ。」
と言ったものの
「パトカーは出せない。タクシー代も警察は貧乏だから出せない。」
という返事。
 ついに切れた夫は
「弁護士にこのことは言いますから。あなたの氏名と役職名を教えてください。」
とその警察官の氏名などをメモして警察署を去りました。

 その後小銭しか持っていなかった夫は徒歩で自分の車のところへ戻りました。そう、あの両替所のすぐ近くです。その頃私は夫に携帯で
「お父さんもお母さんも心配してるし、みんなご飯も食べずに待ってるから、とにかく早く帰ってきて〜〜〜。プレゼントはまた今度買って渡そうよ〜。」
と言っていたのですが、完全に頭に来ていた夫は、両替所に入りました。そして窓口のお姉さんに
「ほら、釈放されたんだから、この日本円を両替してくださいよ。」
と言いました。お姉さんは戸惑っていましたが、今度は本店に電話をして、上司のOKをもらって、やっと両替をしてくれました。

 そして夫はお父さんのプレゼントを買い、帰宅しました。
 話を直接夫から聞いた私は、日本大使館に連絡。在ベラルーシ日本人で、盗難にあえば、日本大使館に連絡する可能性が高い(特にロシア語ができないと、被害届も出せないし、大使館の力を借りることになるので。)ので、その日本円を盗まれた人が私の知っている人である可能性があったからです。
 そして、この事件の犯人が捕まるまで、日本円を両替しようとしただけで、日本人でも誰でも、身柄を拘束されてしまう状況にあるので、在ベラルーシ日本人に大使館から注意喚起の通達をしておくほうがいいのでは・・・と思ったからです。
 大使館員からは
「日本人が盗難の被害? 私は聞いていませんが・・・。」
という返事。そうすると、被害にあった日本人というのは、ロシア語が堪能で自力で、被害届を出したり、事情を説明したりできる人で、大使館には連絡しなかった人か、あるいは旅行者、または3ヶ月以下の短期滞在で、大使館に在留届を出しておらず、また被害にあっても大使館の力を頼らなかった人・・・ということになります。
 
 私は、犯人が捕まるまで当分は、夫でなくても日本円を両替したり、警察に職務質問されて財布を開けたら、日本円が入ってた、というだけで、身柄を拘束される可能性があるので、このことを大使館から、せめて長期滞在で連絡先を把握している日本人だけにでも注意のお知らせでもしたらどうか・・・と思っていたのですが、大使館側は
「そんな・・・ここに住んでいる日本人で、日本円を持ってる人なんていませんよ。私だってベラルーシに住んでいて、日本円を両替したこと1回もないですよ。」
と言うのです。
 じゃ、ベラルーシで日本円を持っている長期滞在日本人って私だけ? ・・・ってそうは限らないでしょう。
 私たち一家だって、めったに日本円なんて両替しないのに、偶然こんなことに巻き込まれてしまうんだから、絶対あるとかないとか、言い切れない世の中なのに・・・。

 大使館も頼りにならないので、今こうやってこの文章を打ち込んでいます。
(それとも長期滞在日本人の中に犯人がいて、旅行中の日本人の財布を盗んだ可能性もあるから、そんなお知らせを出したら、犯人が両替を控えてしまい、ベラルーシの警察が逮捕できなくなってしまうことを、大使館は怖れているのでしょうか? つまり、大使館がベラルーシの警察の捜査の妨害をした、ということです。
 でも、長期滞在日本人が犯人の可能性なんてゼロに近いでしょうね。ちょっとでも顔を見られたり、目撃者がいれば、住んでいる日本人自体がベラルーシに少ないので、すぐばれてしまいます。そこまでして日本円を盗む人いないでしょう。)

 このレポートを今ご覧になっている、ベラルーシ長期滞在、短期滞在の日本人のみなさん、そしてこれからベラルーシへ行かれる予定のみなさん、しばらくの間、日本円をベラルーシで両替することは控えてください。無実なのに警察へ連行される怖れがあります。
 また財布にやたらたくさんの日本円を入れておくこともやめておいたほうがいいです。街の中心部の路上や駅、空港などで、ときどき警官が外国人の身柄をチェックしていますから。

 ベラルーシ滞在中、両替しないといけない場合は、ドルやユーロなどの外貨を使ってください。旅行でこられる方は、できるだけ日本国内でドルやユーロなどを用意して、ベラルーシへ入国してください。
 ただし、盗まれた日本円は1万円札だけなので、それ以外の紙幣の両替や、硬貨の所持は大丈夫です。
 
 また、紙幣の番号を控えておけば、盗難にあってもベラルーシの警察も(一応(^^;))捜査をしてくれるようなので、所持している紙幣の番号を控えておいてください。
(控えの紙を財布の中に入れておいて、財布ごとすられた場合は、無意味ですので注意。) 
 みなさん、気をつけてくださいね!

 さて、こんな不愉快な思いをした夫は、弁護士に連絡。警察を訴えることにしました。
 普通、こういう場合は無実が判明した市民を身柄拘束した場所まで送り届けないといけないそうです。ましてや足の不自由な障害者に対してそうしなかったのは、全くいただけない行為。
 検察か、ベラルーシ内務省に陳情書を身体障害者手帳のコピーを添えて提出し、事実が認められれば、担当警官への処罰や慰謝料が支払われるそうです。
 この夫の訴えがどうなるのか、結果はまたこのレポートでご報告します。
 
 また両替所にもし偽札を持ってきた人が来た場合、普通こういった対応をすることになっているそうです。
 窓口の係員が偽札であることに気がついたとき、その窓口が銀行内にある場合は、銀行の警備員にそのことを知らせて、偽札を持っていた人物の身柄を確保します。そして警察に通報。
 もし、今回夫が両替に行ったような銀行の出張所と言える小さな両替所では、近くに警備員も警官もいないので、
「おまわりさ〜ん! この人偽金持ってま〜す!」
と叫んでも、逃げられるのが落ちなので、素知らぬふりをして、その人物にパスポートの提示を申し出ます。
 ベラルーシのパスポートは身分証明書を兼ねており、住所や家族構成まで記載されえいるので、とにかく後でその人物が誰なのか特定できるような情報を、全て書き留めておきます。それから、何事もなかったように、両替をします。
 その後、その警察に通報。偽金とともに警察に書き留めておいたメモを渡します。後は警察の仕事です。

 今回の場合も、どうして同じような方法を夫に対して取らなかったのか、疑問の残るところです。
 また日本円が盗まれたからといって、日本円を持っている人の身柄を拘束してよい、という法律はベラルーシにはありません。これでは
「犯人は男でした。」
という証言だけを元に国中の男性の身柄を拘束するのと同じです。
 身柄を拘束するには拘束するだけの証拠を提示しなければならず、ただ日本円を両替しようとした、というだけで身柄を拘束するのは違法です。

 今回のことで分かったことは、誤認逮捕など、無実なのに警察で不当な扱いなどをされた場合、そのことを訴えることができる法律が、ベラルーシには存在し、そのためにはその警察署の名称、担当警察官氏名など、訴えに必要な事項を把握しておくことが必要・・・ということです。
 もし、日本人のみなさんがベラルーシ滞在中、このようなことに遭遇したら、慌てず、「無実なのに拘束された」といった事実を証明できることを、たくさんメモしておきましょう。(ロシア語ができれば、こういうことは比較的簡単にできるのですが。)
 そして泣き寝入りをするのはやめて、可能なかぎり、自分の権利を使いましょう。そのためにある法律を利用するべきです。
by ベラルーシのT
Date:2003/12/10(Wed) 09:37 No.251

 

No.252 チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村第11回」
>>チロ基金>>>>活動>>ビタペクト2無料支給運動>>SOS子ども村第11回へ移動しました(2004/10 by saba)


No.253なし
 Title:【更新情報】&カウンタ55555突破のお礼
2003年ももうすぐ終わり、みなさんいかがお過ごしでしょうか?
なんだかあっという間の2003年でした。思うように更新出来ず、Tさん、みなさんごめんなさい。

さて、更新情報です。

1)見えないとご指摘いただいたおみやげページ、直しました。すいません!!
http://belapakoi.s1.xrea.com/trip/goods/index.html
ついでにえいっとリニューアルして、おみやげを何点か追加しました。
レイアウトの整理が追いついていないところが多少あり、申し訳ないのですが、少しずつ直していきます。ごめんなさい。

2)おみやげページのなかの「ベラルーシ音楽」ですが最新の内容に改めました。
http://belapakoi.s1.xrea.com/trip/goods/music.html

3)リンク集、雑貨店Vesna!さんのホームページを追加しました。
http://belapakoi.s1.xrea.com/link/mlink.cgi
「お世話になったサイト」 ←過去形はおかしいんですが・・また直しておきます。

Tのベラルーシ音楽コラム、どうやってまとめようかなあ〜と考えて、なかなか実行に移せずにいます。すいません〜。気長〜にお待ち下さいね。
スタールィ・オルサ、「晩餐の盃」最初にTさんからCDもらったとき「電子音楽つかってるー」なんてあほな事をいったのは私です。ベラ部屋の中で試聴ができたらいいんですが、これは権利関係の面から簡単にできないんですよね。勝手にはできないことだし。準備を少しずつ整えていけたらいいなあと思います。
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さて、、2,3日前ぐらいにカウンタ55555を越えたようです。ああ、その瞬間見たかった。
いつも見て頂いて本当にありがとうございます。電話代も、ネット接続料もかかるのに(せこいですか?でもやっぱり家計を預かる主婦としては・・)うれしい限りです。

もうすぐベラルーシの部屋ができてから5年目に入ります。こんなに続くとは思っていなかったし、私もTさんも色々身辺変化があり、ベラルーシの部屋が始まった頃に比べるとずいぶん忙しくなってしまいましたが、変わらず色んな方が訪れて、見て頂いているのは本当にありがたく、うれしいかぎりです。

チロ基金の活動も順調で、活動報告を見るたびにああ、いい活動ができているんだなあ、と思っています。こちらも支えて下さっている多くの方のおかげですよね。

準備の遅い私のことなので、今から何かできないかなあ、なんて思っています。私とTさんで今までの4年間を振り返るとか(ほんとは5年間をふりかえるとかなんだろうけど、来年どうなるかわからんし、今カウンタ5万台だし、5年目突入ってことでまあいいかって感じ)、運営面での私とTさんの考え方なんかをちょっと公開してみようかなあ、とか思ってます。
・・とかいっておいてなーんにもできなかったらごめんなさいっ。できるようにがんばります。
by さば(管理人) 
Date:2003/12/14(Sun) 17:47 No.254

 Title:年末年始は8連休!
 大統領令により12月31日大晦日から1月7日クリスマスまで、8連休となります。
 ただし、普段日曜日も営業しているような商店、市場などはこの限りではありません。
 休みの代わりに12月と1月の土曜日が就業日になる企業が多いです。でもこれも職種によって異なるようです。
by ベラルーシのT
Date:2003/12/21(Sun) 00:31 No.255

No.256 ベラルーシ今昔物語>>不思議な話へ移動しました (2005/8 saba)
No.257 旅行情報に内容を整理してまとめました(2006/6 saba)
No.258なし
 Title:よいお年をお迎えください
 年の暮れも押し迫ってまいりました。2003年は皆様にとってどのような年だったでしょうか?
 私にとって今年は、小さい子どもがいるとは思えないほど、ベラルーシの各地に行けた年でした。ポーロツク(北)、グロドノ(西)、リダ(西)、ピンスク(南)、ブレスト(南西)、イワノボ(南南西)、ビテプスク(北東)・・・
 ・・・本当にずいぶんあちこち行けたなあ、と思っています。
(あ、各地の紹介、このレポートで公開しようと思っていたのに、ほとんど書けていない・・・(^^;) 来年の更新にご期待ください。)

 ただ諸事情につき、レポートの更新は1月17日以降となります。ご了承ください。
 また来年もがんばってベラ部屋の運営を続けてまいりたい、と思っていますので、どうぞ宜しくお願いいたします。
 皆様にとりまして、2004年がよい年になりますよう、ベラルーシよりお祈りしております。
by ベラルーシのT
Date:2003/12/30(Tue) 01:40 No.259