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ベラルーシの「人と人形劇団」が芥川竜之介作品を上演 その1

 2001年6月29日にベラルーシの「人と人形劇団」が芥川竜之介の作品「白」 を上演しました。私はそのアドバイザーということで、ちょっとだけお手伝いをしたので、初演に招待されました。ここではそのご報告をします。

 そもそもこの作品を劇にして上演したい! 文化面でのアドバイスをお願いしたい のですが・・・とこの劇団の団長さんがセンターを訪れたのは2000年4月のことでした。それから1年以上経ってそれが実現したわけですが、初めその話をきいたとき、私はまず「人と人形」劇って?と思いました。
 いわゆる普通の人形劇は、人形師が人形を動かしたり、セリフを言ったりしますよね。「人と人形劇団」はこれに加えて俳優さんたちも登場し、舞台の上で人形と共演する、というものです。

 私はそういう形式の舞台は見たことがなかったので、へえ、おもしろいな、と思ったのですが、実際、見に行くと、すごいすごい。その人形師というのが、俳優も兼ねているのです。私は人形師の人は自分に割り当てられた人形を動かし、セリフを言うだけだと思っていました。それとは別に俳優さんが登場するのだろうと思っていたのですが、この劇団は人形師の人が突然俳優になって人形抜きで演技をしたかと思う と、次の瞬間人形の役をし、とにかく、一人何役やっているのだろう? というぐらい大変なことをしていました。
 しかも、この劇団には団長さんを除くと、たったの5人しか人形師(兼俳優)がいないのです。
 この劇団は一応独立した劇団なのですが、ミンスク芸術学校(学校、といっても学んでいるのは17歳以上で大学のよう。演劇だけではなく音楽科や美術科もあり)に付属しており、団長さんの本職はこの学校の人形劇科の先生。5人の人形師のうち3 人はこの学校の卒業生で、2人は今年卒業予定。
 それで、この劇がその2人の生徒の卒業発表作品の代わりになる、ということでした。学校の先生方も客席で演技をチェックしていたそうです。
 さて団長さんのお話によると、まずどうして芥川作品を上演しようとしたかという と・・・あるとき列車で旅行中、暇つぶしに当時はまだベラルーシであまり知られていなかった芥川竜之介の短編集(もちろんロシア語訳されたもの)を読んでいて、この作品「白」に出会い、「これだー!」と思ったそうです。
「このような内容の作品はベラルーシ人にとってはまだ未知のもので、日本固有の哲学が示されており、素晴らしい。それで上演を考えた。」 ・・・そうです。
  でも、その話を聞いたとき、私は『白』を読んだことがなかったので、ピンと来なかったのです。
「芥川竜之介? 『蜘蛛の糸』や『トロッコ』なら読んだことあるけど、『白』なんて知らない。」と言う方で、原作が読んでみたい、という方は、私と同じように青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で検索してください。

 検索してまで原作を読みたくはないが、簡単なあらすじぐらい知っておきたい、という方は以下をお読みください。 一言で言うと「白」というのは主人公の白い犬の名前です。
(白犬だなんて、まあ、チロみたい。(*^_^*))
 白はある兄弟の家で飼われていますが、ある時、現代風にいうなら野犬狩りに捕まった友達の犬(黒犬の「黒」君)を助けようとせず、自分の命惜しさに逃げてしまいます。それがそんな大罪なのかどうか、分かりませんが、一瞬にして白は真っ黒な犬に変ってしまいます。
  飼い主の兄弟は白を見知らぬ黒犬だと思って、追い払ってしまいます。宿無しとなった白はその後、数々の人命救助をするのですが(命の尊さのため、というより、黒く変った己の身を嫌悪し、危険な所にわざわざ飛び込んで、かつ救助活動もする、 という感じで芥川竜之介は書いてますが。)それによって、友を見殺しにした罪が (なぜか)お月様によって許され、また白犬に戻ることができ、飼い主の元に帰ってめでたし、めでたし。・・・という話です。

 これだけ読むと、子供向けのお話のようですが、団長さんがいうにはこれは「大人向けの話である。9歳以下の子どもはこの劇は理解できない。」だそうです。(なんで「9歳」?)
 さて、どうしてこんなあらすじを紹介したかというと、もう一つ理由があるのです。 この作品を翻訳した人(ロシア人)は犬の名前を「スネジョーク」と訳していました。「スネジョーク」というのは本当は「雪」という意味です。たぶんロシア人の犬 の名前の感覚でそうしたと思うのですが(白犬には「雪」という名前をロシアではよくつけるのかもしれません。)団長さんたちは原作でも犬の名前を「雪」というのだろう、と思っていたのです。

 それで、この作品の上演について私は団長さんに「アドバイス? いいですよ。」 と返事し、舞台装置を作るときの参考にとビデオを見せたり、写真(日本家屋などの)を見せたりして少しだけですが、協力しました。
 ところが、その後何の連絡も来ないので、「どうなっているんだろう? 上演はだめになったのかな?」と思っているうちに時が経ち、1年以上が過ぎ、6月20日になっていきなり団長さんから電話がかかってきました。
「29日上演しますから、見にきてください。でもその前に聞きたいことが山ほどあるから、とにかく来てください。お願い!」 と言われ、あわてて劇団のある学校へ行きました。
(なんでもっと早く・・・;)
行って話を聞いてみれば、去年資金不足からこの作品の上演は凍結状態になっていたそうです。が、今年に入ってから、資金繰りにめどがつき、学生人形師2人の卒業発表作品にすることにもなり、大慌てで上演することになったそうです。
 上演が卒業試験も兼ねているので、絶対に6月29日までに準備を完了させねばならず、私が行ったときも、死にもの狂いで小道具を作っていました。
 で、私は何をアドバイスすればいいのだろうと、思っていると、こんなせっぱ詰まった状況なのに「セリフの一部を日本語で言いたい。」ということでした。
 その前に日本語ができるベラルーシ人の人に「これこれのセリフは日本語で何というのか?」ときいていたのですが、二つぐらいしか訳してなかったのです。
 その二つというのが日本語で犬は「ワンワン」と吠えること(ロシア語では「ガフガフ」)と犬の名前は「ユキ」であること・・・だけでした。
(どうも、その後欲が出て、他のセリフも日本語で言おうと思ったらしい。それで私が呼ばれた。)
「ワンワン」はいいとして・・・「ユキ」という名前を聞いたとき、私は日本語→ ロシア語→日本語に訳しているうち起こった誤訳だと分かったのですが・・・
「もうパンフレットも下刷りできてます。」 と言われて見てみると、
わざわざ漢字で「雪」という字が表紙に印刷されてしまっていました・・・。

「なんでもっと早く私に電話しなかったのだー!」 と心の中で思いましたが、
もう印刷しちゃったんなら「雪」でもいっかあ、などと 言っていました。
 しかし、団長さんは日本大使ご夫妻も招待する、と言い出し、日本人も観に来る・ ・・というのが分かったのです。私以外の日本人観客が 「これ、芥川竜之介の『白』って作品だよねえ。パンフレットに『雪』って印刷してあるけど間違っているよねえ。ははは。」 と気づくかどうかも分からないし(有名な作品じゃないから、よっぽどの芥川ファン でないと気が付かないだろう・・・。)そうすると
「これ、誤訳だよねえ。あ、パンフレットにアドバイザーの名前載ってる。日本人なのに、こんな間違いに気が付かないなんて、アドバイザー失格だね。」 と思われ、私が恥をさらす・・・ということもまあ、ないだろう、と思ったのです、が。
 よく考えてみれば、どうして芥川竜之介はこの作品を「白」と名づけたのでしょうか?そして白犬「白」が黒になったりまた白に戻ったりする話を書いたのでしょうか?
 私はあらすじを一生懸命思い出し(もう1年以上前に読んだので、細かいところは忘れてしまっていた)やはりここでは色が非常に大事な意味を持っている、と思いました。単純な考えですが黒はここでは罪の色です。白は反対に罪がないこと、そして 罪を濯いだ状態を表す色だと(私は)思いました。
 それに犬の名前を「シロ」とカタカナ書きにせず、漢字でわざわざ「白」と原作の文中でも一貫して書いているのも、意味があるのかもしれない・・・。(もっとも当時は犬の名前は漢字で書くのが普通だったのかもしれないけど。じゃあ、「ポチ」は どうしてたんだろう?)
 芥川竜之介に直接確認したわけじゃないけど、この「白」という簡素な題名には作者のいろんな考えが凝縮されているに違いない、それを勝手に「雪」にしてしまうのはやっぱり、だめだ!
・・・と結論し、団長さんに「これ、間違ってます。」と言いました。

「雪のままじゃだめかしらねえ。」
「だめです。白でないと。」
その理由を説明すると、団長さんも理解してくれ、せっかく作ったパンフはボツ。作り直すことになりました。
 肝心の劇のタイトル、主人公の名前が間違っていた、というので俳優さんたちは「え・・ ・」という感じでしたが、仕方ありません。
(それに私チロ基金の現地責任者なので、チロの前の名前「シロ」にこだわってしまう・・これは個人的意見だけど。)

その後、その他の言葉を日本語に訳して教え、(でも結局時間がなさすぎ、人形師 さんたちはほとんど覚えられなかった・・・;)セリフの中に出てくる日本語の固有名詞(人名や「名古屋」といった地名)の発音やアクセントを人形師さんたちが間 違って言っていないかチェックし、さらに人形に着せる着物の着付けを確認し、その他細かい質問に答え、私は帰りました。

 画像は犬の白とそれを飼っている兄弟(お姉さんと弟)の人形です。兄弟の方は着ている着物や髪型が原作が書かれたときの大正時代の風俗と対応してないけれど、まあこれはいいや・・・で終わらせました。(^^;

 大正時代の風俗は西洋文化がかなり入ってきているので、あまりこだわってしまうと「日本っぽくなくておもしろくない。」とベラルーシ人観客に思われそうだし。

後ろの紅葉は扇に描かれていて、このほか桜の扇、松の扇、雪をかぶった松の扇があり、それぞれ春夏秋冬を表しています。

 これらの扇を舞台にある衝立てに貼り付けたり、剥がしたりして、時の移り変わりを演出していました。
(画像撮影のため、美術担当のお姉さんに扇を持ってもらいました。)
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