チロ基金の活動・日本文化情報センター開設3周年記念式典
<日本映画上映会・茶の湯>
遅くなりましたが、2002年9月8日と9日にかけて行われた日本文化情報センター開設3周年記念式典のご報告をいたします。
多くの方々に支えられて、日本文化情報センターも開設3周年を迎えました。実は代表の私が産休に入り、ここ1年ほど何も活動をしていなかったのですが、それを取り返すべく、2日間に分けて3周年記念のイベントをしよう、ということになりました。
幸い、今年はこの日に合わせて私の両親と妹が日本から来ましたので、可能性が広がりました。
まず、ビデオプロジェクターの寄贈により、9月8日に日本映画上映会を行うことができました。
「日本伝統スポーツ」等、日本の映画やビデオ作品を一日かけて7作品上映しました。(入場無料)
私の宣伝の仕方が悪かったのか、あるいは時期が悪かったのか(9月の日曜日は収穫期で、天気がいいと都会の人はみんなダーチャに行ってしまうため忙しい)あんまり観覧者が入らず、残念でしたが、来た方の多くが7作品のほとんど全部を見ていたので、
「日本に関心を持っている人は、みな熱心なんだなあ〜。」
と思いました。
次回の上映会の案内状を送ってほしい方は、住所を教えてください、と呼びかけましたが、「日本映画友の会」でも作ってしまおうか、と考えているところです。
ビデオプロジェクターを使っての上映会は今回が初めてで、今後解決していかないといけない問題もあるのですが、上映用のスクリーンも暗幕も作成したので、設備は整いました。
テレビの画面より大きいので、やはり迫力が違いますし、離れていても良く見えるというのが、ビデオプロジェクターの長所ですので、それに見合ったおもしろい作品をこれからも上映します。
精密な機械で、日本からベラルーシまで持ってくるのが一苦労だったのですが、気を遣って運んでくれた両親と妹に感謝しています。
また、貴重なビデオテープを寄贈してくださった方々にも感謝申し上げます。
さて、9月9日にはセンター開設3周年記念式典として、午後3時に多くの関係者のみなさんに集まっていただきました。
センターがある図書館側の計らいで、来賓の方々をベラルーシの民族衣装と音楽・歌でお出迎え。
民族衣装を着ていたのはベラルーシ人のかわいい音楽家だけではなく、私の両親と妹も日本の民族衣装、着物を着ました。
走り回らないといけない私は、つや消しな洋服でしたが・・・。
私の両親と妹が着物を着ていたのは、せっかく日本人が複数揃ったので、一人ではなかなかできない茶道のお点前を披露しよう、ということになったのです。
しかし、実際にはいろいろ問題がありました。会場になる児童図書館のホールにはじゅうたんがひかれているが、畳はどうするのか? 釜はどうするか?
まず畳は布とリボンで8畳分の畳(のようなもの)を作り、じゅうたんの上に並べて一応茶室のような間取りを作りました。
布なので、座ったり立ったりしているうちに、しわが できたりしましたが、まあ、茶室の雰囲気さえベラルーシの人々に感じてもらえれば・・・と自らを納得させました。
茶道具は今までいろんな方に基本的なお道具を寄贈していただいていたので、問題はありませんでした。
唯一なかったのが、釜。日本で購入することを考えると、値段そして、重さ(郵送するにしろ、持参するにしろ)の点で難しいため、あきらめました。 そして、いっそのこと、ベラルーシで釜そのものを作ってしまおう、ということになりました。
完成したものは・・・画像でご覧ください。(風炉がないですけど・・・。)
製作者はS夫です。何をどのように加工してこの釜を作ったのかは・・・家族の秘密です。(^^;)
中のお湯が冷めにくい、なかなかいい釜を作ってくれました。
次にお抹茶やお菓子は前に寄贈してくださった方がいたり、両親に持ってきてもらったりして、準備OK。着物や履物はセンターで行っている着物展で展示していたものを利用。
大切な着物や帯を寄贈してくださった方々、本当にありがとうございます。着物展もいいけど、やっぱり、実際着る方が、着物ってきれいだなあ、と思いました。
最後の難関が茶道そのものの練習でした。本当は茶道の道から外れてしまうのですが、今回のお点前の披露は、言ってみれば「見世物」です。
亭主役は母が担当し、そこへ妹を連れた父がお茶を飲みにやってくる、という設定でした。私は司会進行役兼半東の役でした。
司会というのは何かというと、ただ単にお点前を見せるだけでは意味が、ベラルーシの人は分からないので
「亭主はこうやって茶筅を清める。」
「客は順番にお菓子を取って食べ、その後にお茶を飲む。」
「茶碗を回すのは正面を避けるため。」
「柄杓の置き方にもいろいろあるので、注意してみてください。」
といった解説をロシア語でずっとしていました。
さらには亭主と客の会話
「お点前頂戴いたします。」
「もう一服いかがですか?」
「結構なお手前でした。」
といった日本語が飛び出すとき、ベラルーシ人に分かるように翻訳していました。
会話が覚えられない、という父に無理矢理
「お茶杓のご銘は?」
等という質問も覚えさせ
「白菊でございます。」
という答えを、母に言わせてベラルーシ人を圧倒(?)させました。
私と母は昔、茶道を習っていたのですが、だいぶ忘れてしまい、父も妹も4人で一緒に連日練習しました。
本番は緊張のせいで、みんなそれぞれ細かい失敗をしてしまいましたが、まあ、何とかベラルーシの人々に感銘を与えることができたようです。
お客さん役の父と妹が茶室から退場した後で、ベラルーシ人でお茶を飲んでみたい人はいませんか? ときいたところ、果敢にも挑戦する人が数名登場しました。
正座に苦労し、お菓子を黒文字でつかむのにも四苦八苦。懐紙というふにゃふにゃのお皿の上で、こんな一本の楊枝でお菓子をどうやって食べるのか? とみなさん思ったようです。
でも、みなさんお茶碗をちゃんと回したり、手をついておじぎをしたりして、1回見ただけで、よく覚えてるなあ〜と感心しました。
異文化との接触はベラルーシの人々にとって、大変おもしろいものだったようです。
会場には菊の花などをかざり、ちょっとだけ生け花の雰囲気も味わってもらいました。
日本文化情報センターとしては、今回初めて茶の湯のお手前をベラルーシの人々に披露したわけですが、何とか無事に成功させることができました。
茶の湯は、茶道具などのほか、場所に着る物、動作に会話を含めた総合芸術ですから、ベラルーシで実施するのは難しい文化の一つです。しかし、記念すべき第一回目を終えて、これなら何とか大丈夫かな? という見通しが立ちました。また機会があればセンターの活動として行いたいと考えています。
茶道具や着物など、多くの方の寄贈、ご協力なしでは、今回のお点前披露を成功させることができませんでした。改めてチロ基金の活動にご賛同くださったみなさまに、厚くお礼申し上げます。(Date:2002/10/14 日本文化情報センター代表 辰巳雅子)
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