NHKスペシャル 「ロシア・小さき人々」について
感想掲示板にお寄せ頂いた文章をまとめて掲載しました。
投稿してくださいましたみなさま、ありがとうございます。(by saba)

 

三人で 投稿者:永江雅俊  投稿日:2000年11月 5日(日)02時33分41秒

 女房と、母と、三人で・・。じ〜と画面を見つめていました。 三人だけで、言葉を発さずに、ただテレビの画面を見ている・・、 そんな事は初めてでした。三人ともきっと「ベラルーシの大地」と、万感を胸に生きてい る「子供たちと親」を思い・・・、「人間」を思い・・・いや「いのち」を思い、「死」を思い、「生」を思い・・・・。 この人たちは<身代わり>に・・・の、言葉。数年前から、幾度 かの汚染地にて家族同様の生活をさせていだき、気づかされた事 でした。  「ヒト」は、いない方が良いのかもしれない、地球には。少な くとも、そう人間をいや自己をも見つめての旅に出よう。合掌。  鎌倉様、スタッフの皆さまに、有り難うございます。

 日本ベラルーシ市民友好協会 永江雅俊


娘とふたりで 投稿者:せろり  投稿日:2000年11月 5日(日)11時10分26秒

 うつくしい映像と静かな語り口でしたが、たいへん胸に迫るものがありました。 時間をかけて
ていねいに作られたという印象を受けました。 とくに印象深かったのは、アフガン帰還兵の母親とトーリャくんでした。 精神病院に自分の居場所をみいだした母親の顔は、どんなことばを持ってしても語りつくせない人間の苦悩があるんだということを 思い知らせてくれました。その意味でも、映像の力は偉大だと いまさらですが、改めて思いました。 きょう日曜日、受験生の娘は模擬テストですが、 昨夜は私とふたりで最初から最後まで見ました。


感想 投稿者:さば(管理人)  投稿日:2000年11月 5日(日)12時10分09秒

 土曜の晩に一度書き込んだのですが、内容に間違いがありました。すみませんでした。 書き直して再度投稿します。 ところで、最後の方が少し抜けてしまったので、再放送が決まりましたら ぜひもう一度お知らせお願いします>鎌倉さん
  9月にあった「破滅の20世紀」を観たときから、今回の番組はかなり重い内容になる・・と 予想していました。 トーリャの話「勇気をもって」は心に響くものがありました。 実際に汚染地へいったことのない私には、本当の共感というものが出来ないのかも知れません。 万一、実際に汚染地へいくことになったとしたら、 不安が先にたってしまうでしょう。 こう思ったのは「風の谷のナウシカ」(漫画版)と全く同じ終わり方だったからです。 宮崎駿監督の映画版が有名ですが、原作のほうは映画から更に進んで、より深く重く 「汚染された大地で人はどうやって生きていくか」ということが語られています。 「未来の物語」という言葉が出てきましたね。 今、私達の周りには多くの「汚染物質」であふれているのでしょう。 きっと、あることにも気が付かないまま、生きているのでしょう。 トーリャが魚釣りをしていた川やどこまでも広がる草原がとてもとても美しくて あの大地のどこかに放射能が飛んでいて・・ 想像しても想像力が追いつかなくて、ただただあるがままの現実を受け入れて 行かなきゃ行けないんだ、という無力感を感じました。 前向きに生きて行かなきゃ、というのは、ひとつの救いだとおもうのです だからといって、放射能が減るわけでも、人々の絶望が消えるわけでもないのですが、 何かが、自分の心の中のスイッチのようなものが、押されるだけで 人生は大きく変わるのだ、とわたしは思っています。 今回はですね。ハティニが出てきたり、ミンスク市の中心部が一望できる映像があったりして ミンスクを紹介する、という点では、とてもわかりやすかったです♪


感動しました 投稿者:takahashi keisuke  投稿日:2000年11月 5日(日)16時29分06秒

 とても感動しましたが、所々仕事が入り中断してしまい残念です。再放送はいつでしょうか? 毎回番組の終わりに再放送の予定を入れてもらえればと思います。ついでに管理人さんの感想に触発されて、私はあの廃墟からタルコフスキーの「ストーカー」という映画を連想してしまいました。やはり近未来のSFですが、舞台もソ連だし、「ゾーン」という呼ばれ方や、鉄くずのような車両が青々とした草原に不気味に放置されてる様子などそっくりです。なんともいえない人間が感じている無力感(それとも特にソ連の人々が特に感じていた?)を描いてるようにも思われた作品でした。 現実にこんな状況になるとは、タルコフスキーも予期しなかったのではないのでしょうか。


管理人から御礼 投稿者:さば(管理人)  投稿日:2000年11月 5日(日)23時37分17秒

 感想をお寄せ下さった方々、本当にありがとうございました。 今日(5日)久々に時間がとれたので、ベラルーシの部屋を更新しながら、何度も見直しました。 何度も見直すうちに、奥が深いな・・と思うようになりました。 また、いろいろ思ったことを、書いていこうと思います。 今日見たときは、ジンアドフ氏の話が心にのこりました。 奥さんの言葉に応援してしまいました(そんな生やさしいものではないのですが) そして、冒頭の石鹸のお話は、恐怖という、目に見えない恐ろしいものを 映像として上手に表現していて、私は恐ろしくなりました。 みなさまも、ひきつづき、ぜひ、感想をお待ちしております。


ビデオを撮りました。 投稿者:NAKO  投稿日:2000年11月 6日(月)01時43分44秒

  ビデオを撮りながら見ていました。私は2度見ました。前もって友人たちにもこの話をしていたので、番組後、たくさん連絡がありました。 陰りのある表情の人々、曇りのある子供の笑顔。自分というものを見直す機会となった映像でした。精神によって人が生きているのだと、わたしは思いました。 もっと悲しい事は、こういう話を出来るところが少ない日本です。 贅沢するもよし、ベラルーシ観光もよし、でも1どは14年たった今を1分でも関心をもってみて欲しいと思いました。他国の人も含め日本人も今この番組内容に関する事についてどう、思っているのか逆にしりたいです。日本も原発事故も小さいながらありました、原爆も・・・。 2度、泣きました・・・。きっと3度見ても泣くでしょう。


皆様ありがとうございます 投稿者:鎌倉英也  投稿日:2000年11月 6日(月)02時15分19秒  

 皆様、早速のご感想、本当にありがとうございます。あいにく、直前におこったギリシャでのバス乗っ取り事件のため、放送が5分遅れ、また放送中も私としては集中して見ていただきたいシーンでテロップが流れるなどの負荷はありましたが、皆様がこれだけの気持ちで画面に接していただいていたことを思うと本当に監督冥利に尽きます。ありがとうございます。本日、ギリシャ事件の日本人の方々の無事全員解放を聞き、本当にホッとしました。良かったと思いました。というのは、乗客名簿をテロップ速報を打つ、と放送中、編成と報道から僕に連絡があったとき、僕個人は死者の物語が多いこの番組で、そのようなテロップを流すことに反対だったからです。  それはともかく・・・。  このような番組感想掲示板を作っていただいた管理人・さばさんはじめ、娘さんの受験の大変なときにご覧いただいたせろりさん、たびたび番組評をお寄せいただく永江さん、タルコフスキーのテーマに触れられた高橋さん(個人的にタルコフスキーは映画監督の中で僕にとってベストの人物ですので、嬉しかった)、ありがとうございました。まだまだ、皆様からご感想ご叱正がこのページに届くことを心から期待し、祈っています。  アレクシエービッチと過ごしたベラルーシでの日々、東京での日々が思い返されます。日本では死ぬほどお土産を買っていったけど、ミンスク空港では大変だったろうな、とか。彼女は日本の寿司が何よりも大好きで、ロシア料理なんか食べたくない、と。わさびもしっかり乗せて、食べていました。日本食が本当に彼女には合うようでした。  彼女は、もうすぐイタリアに行きます。半年間の奨学金付き留学です。  彼女とはメールをやりとりしていますが、今回の番組をとても喜んでいます。  これで、ひとまず、アレクシエービッチ関連番組3部作(「ETV2000・破滅の20世紀(前編)(後編)」「NHKスペシャル ロシア・小さき人々の記録」)は打ち止めですが、ベラルーシを回って、まだまだいろんな取材したい事柄を見つけてきましたので、折あればまた、番組として出したいと思っています。  最後に一言、今回の番組で僕が本当に伝わって欲しかったこと。それは、「国家」とは何かということ。「国家」を動かしているのも「小さき人々」であることです。特に、これが大陸の別世界の問題ではなく、彼らが、この狂気の国家・日本(戦争に加担する法律を通し、放射能事故を隠蔽し、「日本人」国家主義・超然主義を漫画や出版でますます叫びつづけている全体主義者が跋扈するこの国)の現状の「警告者」であり「身代わり」であるということです。私たち日本人は、世界の中でも思想的に最も危険なゾーンに入り込みつつあります。その警鐘を鳴らしてくれているロシアの「小さき人々」に、僕は本当に頭が下がる思いがしたものです。つらいロケーションでした。しかし、皆様方のような「読者」がいらっしゃったことを救いとして噛み締めています。また、皆様方からのご感想が増えた段階で、このページに顔を出します。  ちなみに、再放送予定は現在、まだ未定です。皆様方の声を、NHK編成部・広報室までお寄せいただければ幸いです。 NHK代表TEL)03−3465−1111  また、再放送が決定しましたら、僕もすぐにこのページでご連絡しますが、NHKスペシャルのホームページも最新情報が更新されますのでご覧ください。


新しい人々に! 投稿者:yumemiyo  投稿日:2000年11月 9日(木)22時00分46秒  

 徐京植氏とスヴェトラーナ・アレクシェービッチさんの対談を見て 自分自身を安全地帯に置いた同情心と言う言葉が気になり感想を書け ないでいました。そしてこの番組を見た今,それは他人事として受け 止めてはいけないという意味だったのだと自分の周りを見直しながら 考えました。 今 一見平和に見えている日常の中で 自分自身に降りかかって来な い事に如何に無関心で過ごしてきたか、それは決して他人事でなく 自分の身近な歴史の中にも未来にも繋がっている事だと再認識しまし た。  自らの叫びを記録しない限り小さき人々の声は残らない。 国家という見えない存在、個人としての自分を語る、個人としての 幸せを取り戻す。 アレクシェービッチさんのこれらの言葉を聞き ながら私は自分を語りそしてもっと多くの言葉に耳を傾けなければ いけないと思いました。 アフガン帰還兵の証言 亜鉛の少年達。「戦争は凶悪な殺人に すぎない」と彼女は言っています。 恐ろしく悲しい事です。国家に召集されて死んで行った人達は 国をよろしくと言ったでしょうか。残していく大事な人を頼む と言い残して死んで行った父の戦友、大切な人を亡くした母。 亜鉛で封印された棺も紙切れ木切れの入っていた骨壷も同じ です。父母達の証言を私は忘れません。  チェルノブイリの祈り。事故から14年、今尚苦しんでいる 人々。ユドミラの息子トーリャの「逃げる場所がない」と言う 哀しい言葉、でも真直ぐな瞳で勇気を持たなければと言った時 それでも生き続ける大地の緑が重なって印象的でした。  東海村での事故、また幌延高レベル核廃棄問題のHP読ませて 頂きましたが,紙一重の所にいることは間違いないようです。 原子力からの恩恵のみ受けている自分の言葉が空回りしている のではないかと心苦しい思いもあります。  私達は何を考え どうしたらいいのでしょう。 21世紀、いまだ起こっている紛争,人間は過去の愚かさを 忘れてしまうのでしょう。私は大切な人を失いたくありません。 アレクシェービッチさんは 今度は 今生きている人間の声で語る 新しい人々の物語を書くと言っています。 心にずしりと重いテーマでしたが 二冊の本といい番組に出会えました。 多くの人に見てもらいたいです。


日本にはないの? 投稿者:Tさんのいとこ  投稿日:2000年11月13日(月)00時16分52秒

 最初から観られなかったのです・・・残念です チェルノブイリの事故で最初にかけつけた 消防士の奥さんの話のところからでした。 ずーと看病されていたのに友達の葬儀に行かれていた 間に主人を亡くされた気持ちや妊娠中であった為 その子も亡くされそしてチェルノブイリの事故後 再婚され事故から2年後に生まれた息子現在12歳も 事故の影響を受けている様子、釣りをしている場面 の時、12歳のわたしの娘が二階から降りてきて おかあさんなにみてるのと聞きました、事故の話を しました。そして今同じ歳の男の子が事故から14年 たっているのに事故の影響を受けていることを知り 逃げることができないから勇気を持って生きていると言った 言葉を聞き衝撃を受けた様でした。 放射能レベルの高い子供を訪ねて家を訪れたようすを見て お母さん日本にこんな生活してるとこあるの?と聞きました 放射能レベルの高い干し草と解っていても牛に与え その乳を子供に与えなければならない親のつらさ そうしなければ生きていけないのですから・・・ こどもに解るように説明するのは難しいですが 日本でも原発事故は起こっているし、今からも いつ大きな事故が起こるかも知れないこと・・ そしてどんな状況でも生きていかなければ ならないことを話しました。 わたしにとっても難しい番組でした子供なら もっと解らないと思いますがでも人を思う気持ち 悲しむ気持ちは解ります。 今になってみれば家族でみればよかったなと思っています。


投稿者:さば(管理人)  投稿日:2000年11月13日(月)00時40分29秒

 Tさんのいとこさんも書かれていますが、 番組中で放射能に汚染されているとしっていて子供にミルクを与える お母さんの話がありましたね。 「どうすることもできません」という言葉が耳にこびりついています。 同じ立場だったら、私も同じ事をいうのかな? そんな、安っぽい同情ではだめだとアレクシェービッチは言いたいんでしょうね。 「どうすることもできない」というのは、未来の私か私の子孫達であるかもしれないということ、 だけど、それでも生きていかないといけないんだ、ということを思いました。


番組、拝見しました 投稿者:石川顯法  投稿日:2000年11月17日(金)22時20分58秒

 NHKの番組「小さき人々の記録」、拝見しました。ビデオにも取らせていただきました。  前回の対話もたくさんの問題を視ている者に投げかけるものでしたけれど、今度の番組は全体として何を視聴者に訴えるのかという太いテーマが明瞭で、とても良い構成だったと思っています。  ご著書が日本ではそう多くは翻訳されていないということですけれど、これからできるだけいろいろ読ませていただきたいと思っています。


小さき人々・名もなき人々 投稿者:AOPIE  投稿日:2000年11月19日(日)19時46分45秒

 この番組は、当日見られず、録画して見ましたし、後日、やってきた親とも再見したのですが、感想は、書きたくても容易なことではありませんでした。 つらい話、気の重い内容だというのが第一印象ですが、それ以上感じたことを 書いても、対岸から気楽に眺めているだけの感想になりがちです。 ここで見かけてきた人たちは、おそらく昔(チェルノブイリ事故やソ連崩壊以前)は、自分たちの社会や国家の価値を信じて、つつましく真面目に暮らしておられたのだと思います。けれども、信じていたものに裏切られ、それも崩壊。新しい社会のなかでも一向に救われない、悲惨な話です。 ”責任”を負うべき人はどこかに行ってしまった、と言っていたようですが、おそらく、以前支配的な立場にいた人たちの多くは、目先が利いて、今も、立場を 変えて、豊かに暮らしているような気がします。もちろん当時から今も続く悲惨さには、全く責任がないかのようにふるまって。 他方、つらい境遇にある人達が、どうして自分たちが悲惨で、それをどう訴えてよくしていけるのかすらわからないでいるようなのが、さらにつらい。 時代を動かしていなくても、時代を支えている小さき人々・名もなき人々が、 時代の波にいつも翻弄されてしまう。 けれども、決して時代は後退していないのだとわかるのは、最近、国家の政策に対し、「私」の考えを表明する人たちが出てきたことからでした。また、 以前ならこうした事実が伝えられなかった、それが伝えられるようになっただけでも前進であるはずです。 もっとも、最近のニュースで、ロシアのマスメディア関係の報道を見ていると、 ロシア国内でこうした事実の報道がなされているのか、疑われますが。 ひるがえって日本を見ても、例えば東海村の事故からも、決して政策を安心して任せていてはいけないことがわかります。 自分の日常も、仕事で”疲れる”ことが多く、大きな事を考える心の余裕もなくなりがちですが、またいろいろ考えていきたいものです。


そこから出発したい。 投稿者:永江雅俊  投稿日:2000年11月20日(月)02時02分10秒  

 <悲惨>であり、<かわいそう>であるかもしれません。でも、ベラルーシ の人々は、ロシアの多くの人たちは、「大地に根っ子を生やし」生きています。 <たくましく>大地に生きています。  膨れて、歪んでしまった、私たちの国。<競争>に明け暮れ、<損得>だけ にのみ、目の色を変えている私たち。人間中心の私たち。自分だけのことしか 考えない私たち。ニセモノの豊かさに気づかない私たち・・。
 「幌延問題」で、三日間の<悲しみの断食>をさせていただきました先月、 新聞や雑誌でとり上げられたため、何人からの電話や手紙をいただきました。 励ましばかりではありません。脅迫的な内容のものもあります。12年前の、 泊原発に反対したときもそうでした。断食中の宿泊テントに空き缶が投げつけられました。「国賊!」っと言う言葉と・・・。  現在の日本は、そうした方向に動いています。まさに、鎌倉さんが仰ってい る状況下にあるといえます。「身」をかけると、それらがわかります。
 被爆された母子を、お預かりさせていただき8年、ここ数年は、日本の<社 会>を恥ずかしく思います。時には、<便利>であることさえ恥ずかしくなります。豊かさが歪んでいるからでしょう。  4時半に起床。牛の乳を搾り、豚と鶏に餌をやり、家族総出で残留放射能の畑を耕し、食事の支度それから職場へ。夕方帰宅後、夜8時半まで農作業。 爪の中に溜まって取れない泥と、節くれだった大きな掌を「恥ずかしい」と隠した、ヴァ−リャ・アンナ・ラリーサさん!私は、自分の掌が恥ずかしかった。
 人類の犯した大きな過ちを、ベラルーシやロシアの人々は、大地に生き、それを真正面から受け止めてくれていると思います。必死に・・・。  ウオッカ飲んで、歌うたって、踊りながら・・・。勿論、大変な状況 であることを、百も承知で・・・・。大地に生きる人だからこそ、「この故郷で死ぬ」といえるのではないでしょうか。行くところがないから と私たちは捉えますが、そうではなく「故郷を愛して」いるからです。
 ですから、「チェルノブイリ」は、<地球>の問題であり、<人間> の問題といえるのだと思います。また、<現在>の問題であり<未来> の問題である所以です。
 そして、<私>の問題でも。そこから出発したい。
  日本ベラルーシ市民友好協会 代表 永江雅俊 拝


大変遅くなりましたが番組の感想 投稿者:ベラルーシのT  
投稿日:2000年12月17日(日)00時12分12秒

 第二次世界大戦、粛清、アフガニスタン侵攻、チェルノブイリ、ソ連の崩壊、チェチェン紛争・・とソ連の暗い歴史を全て見せてくれた番組でした。なぜ暗い歴史なのかというと謎が多いからです。謎ではなく、不明の部分、そして今の時代を生きる人々にも投げかける問いが多いからです。
 それを国家や政府の立場からではなく、普通の庶民の言葉を記録し続けるアレクシエービッチ、それから、それを日本のテレビ番組で紹介されたスタッフの方々を尊敬いたします。  番組を一見するとアレクシエービッチの活動を順に紹介しているように思えますが、実はソ連に生きる人々をひたすらに追いかけています。貴重な番組だと思いました。ソ連のことを知りたいなら、まずこの番組を見ればよいのでは? ・・と思ったぐらいです。
 そしてこの番組で提起されていた問題を、他国の過去、として見てはいけないな、と思いました。戦争や放射能の問題など、日本に絶対起こらないとは限りません。また過ちを繰り返す恐れがあります。この番組がそのような誤りを起こさないように鳴らされる警鐘になるよう、願ってやみません。(結局は番組を見た多くの人の側の問題だと思います。)  私から付け加えることがあるとすれば・・・  アフガン帰還兵の人が帰国後、犯罪者になったケースが紹介されていました。これを見た日本人視聴者が、アフガン帰還兵がみんな犯罪者になったり、精神に異状をきたしたり、また障害者になったのだ、と誤解されたら困るなあ・・・と思いました。もちろんアフガン帰還兵みんながみんな、そうなったわけではありません。ご注意を・・・。
 それから紹介されていた帰還兵の人が、キリスト教系の宗教に入信した、とありましたが、これはスラブ正教やカトリックではありません。最近ベラルーシに多い、新興宗教です。お間違いなきよう・・・。  ・・・こんなところでしょうか。
 個人的にはチェルノブイリ被災児の救援活動が紹介されていたネステレンコ博士に、非常に感動しました。  


はじめまして!!(感激です!!) 投稿者:のりたま  
投稿日: 2001年1月 9日(火)22時02分58秒

 昨日、就寝中「足」がかゆくなる夢を見て あわてて、起きてしまい。(‥;) そのまま、目がさえて、眠れず NHKスペシャル「ロシア・小さき人々の記録」を 見ました!! NHKのHPでも、内容が再放送の為か 載っておらず、やっと、ココにめぐり合えました。 ありがとう、ございます


のりたまさん、ありがとうございます 投稿者:さば(管理人)  
投稿日: 1月10日(水)23時52分06秒

 色々調べてお越しくださったんですね。ありがとうございます。 番組はいかがでした? 私は前回見逃した最後5分をようやく見ることができました。とてもとても、胸に迫るラストでしたね。 最後にアップで出てきたのは番組に登場した人々ですが、彼らは私たちでもあるのだ、と思いました。


アレクシェーヴィチの衝撃 投稿者:大島幹雄  投稿日: 2001年1月16日(火)11時02分51秒

 去年見た『小さき人々の記録』は、ここ数年みたドキュメンタリーのなかでも出色のものです。 大きな衝撃を受けました。あれから彼女の作品を読み、徐京植氏との対談番組を見て、しばらくアレクシェーヴィチ漬けになっていました。
 そこで自分の開いているホームページ『月刊デラシネ通信』の中の今月の一冊というコーナーで彼女の作品についての感想をアップしてあります。よろしければそちらをご一読いただければと思います。